昔からHIPHOPが大好きで、特に日本語を駆使するJapanese HIPHOPをよく聴いています。
中でも近年、OZROSAURUSの「Players’ Player feat. KREVA」に心を強く揺さぶられました。
そのOZROSAURUSのパートに、
「価値がある黒帯、呼吸法とフロー心得た」
という歌詞があります。
この一節を聴いたとき、正直に言うと
「これってピラティスじゃん!」
と一瞬思いました。
もちろん、安直にHIPHOP=ピラティスだと言いたいわけではありません。
ただ、身体と言葉、それぞれの表現を突き詰めた先で、同じワードに行き着いていることがとても印象的でした。
ピラティスには
呼吸・集中・中心・コントロール・正確性・流れ(フロー)
という「6つの原則」があります。
これが無ければ、ピラティスはただの運動になってしまいます。
僕の中では、
中心=身体の軸=空気の通り道
です。
その「道」が通っているかどうかを感じ取るセンサーが、呼吸。
どんな動きの中でも
- 呼吸が通っているか
- 道を感じられているか
そこに内観として集中しながら、
正確にコントロールし、途切れずに流れていく。
これがピラティスであり、
6つの原則がすべて含まれています。
HIPHOPも同じです。
聴き手にとって心地よく、時に強烈なインパクトを残すために、
ラッパーは
- どこで息を吐くか
- どこで間を取るか
- どうフローをつなぐか
を極限まで研ぎ澄ませています。
「何をやるか」ではなく、
「どう通すか」「どう流すか」。これは日々の生活でもスポーツでも、全てに共通することだと思います。
呼吸が通っていない自分に気づくことは、身体的にも、精神的にも、自分の状態を知る入口になります。
日々の暮らしや競技の中で、今の自分の状態に気づける原点であり土台であるものが呼吸。
そう考えると、
ピラティスはやっぱり
すべての土台になりうる身体の技法なんだと思います。
呼吸が通り、フローが生まれているか。
それを問い続けること自体が、ピラティスであり、表現なのだと思う今日この頃です。

